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【経歴】藤原さくら 父親はイカ天ベーシストの藤原宏二 親子のエピソードとは

藤原さくら(ふじわら さくら、1995年12月30日生まれ)は、日本のシンガーソングライターであり、女優としても活動しているアーティストです。所属事務所はアミューズ、レコードレーベルは自主レーベル「Tiny Jungle Records」で、公式ファンクラブは「Meating」として知られています。
透明感のある歌声と、ブルースやフォークの影響を感じさせるギターサウンド、等身大の言葉で紡がれる歌詞が高く評価され、音楽ファンを中心に根強い支持を集めてきました。

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藤原さくらさんの音楽的ルーツを語るうえで欠かせない存在が、父親である藤原宏二(ふじわら こうじ)さんです。

宏二さんは、かつてベーシストとして活動していたミュージシャンで、イカ天(正式名称:三宅裕司のいかすバンド天国)に出演したプログレッシブロックバンド「たけのうちカルテット」のメンバーとして知られています。その後は、ヒップホップユニット「Small Circle of Friends」でメジャーデビューを果たした経歴も持っています。

この記事では、藤原さくらさんの経歴を時系列で振り返りながら、父・藤原宏二さんとの関係性や、音楽を通じた親子のエピソードについて詳しくご紹介します。


目次

音楽が日常にあった幼少期と父親の影響

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藤原さくらさんは、福岡県福岡市で生まれ育ちました。父親がミュージシャンであったことから、幼い頃から音楽が身近にある環境で生活していたとされています。家庭内ではジャンルを問わずさまざまな音楽が流れており、その環境がさくらさんの感性を自然と育てていきました。

10歳のとき、父・藤原宏二さんからクラシック・ギターを贈られたことが、彼女が音楽の道へ進む大きなきっかけとなります。この出来事を境に、さくらさんはギターに親しみ、独学で演奏を覚えながら、フレーズやメロディを断片的に作るようになりました。

父親は、技術を厳しく教え込むというよりも、音楽を一緒に楽しむ姿勢を大切にしていたとされています。その影響もあり、藤原さくらさんは音楽を「努力しなければならないもの」ではなく、「自然に表現するもの」として受け止めるようになっていきました。


15歳で音楽に本気で向き合う決意

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2010年、15歳のとき、藤原さくらさんは音楽に対して明確な覚悟を持つようになります。ドラムやタップダンスに打ち込んでいた友人・古賀祐太さん(後に映像作家として活動)から刺激を受けたことが、そのきっかけのひとつでした。

「本気で音楽をやりたい」という思いから、福岡のボーカルスクール「VOAT」に入学します。入学からわずか3か月後、スクール主催のショーケース型オーディションに出演し、音楽関係者の前で歌声を披露しました。

このオーディションで、芸能事務所アミューズから育成契約のオファーを受けることになります。スカウトした担当者から「さくらさんが大人になっても、おばあちゃんになっても音楽を続けていけるようにしたい」という言葉をかけられたことに感銘を受け、アミューズへの所属を決意しました。

父・宏二さんは、音楽業界の厳しさを知る立場として、娘の決断を過度に煽ることも否定することもなく、静かに見守っていたとされています。


父と同じステージに立った福岡時代

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高校時代の藤原さくらさんは、福岡を中心にライブ活動を本格化させていきました。カフェやレストラン、ライブハウスなど、場所を選ばずにステージに立ち、オリジナル楽曲の制作にも力を注いでいきます。

この時期の大きな特徴として、福岡でのライブにおいて、父親・藤原宏二さんがベースでサポートすることがあった点が挙げられます。親子で同じステージに立つという経験は、藤原さくらさんにとって非常に貴重なものだったと考えられます。

宏二さんは前に出ることなく、あくまで娘の音楽を引き立てる役割に徹していたとされており、プロとしての姿勢が感じられるエピソードです。この頃に制作された自主制作ミニアルバム「bloom1」「bloom2」「bloom3」は、ライブ会場や福岡市内のCDショップで販売され、現在はすべて完売しています。


上京と本格的な音楽活動の始まり

2014年3月、高校3年生のときにインディーズ1stアルバム『full bloom』をリリースします。高校卒業後は、音楽活動に専念するため上京しました。

上京後は、初のワンマンライブ開催、アミューズ主催イベント「Amuse Fes 2014」への出演、シンガポールでの海外ライブなど、活動の場を急速に広げていきます。また、ラジオDJ、CMソング、先輩アーティストのオープニングアクトなど、多くの経験を積み重ねました。

父・藤原宏二さん自身も、若い頃に音楽を志して上京した経験を持つ人物です。同じ道を歩んだ父の存在は、藤原さくらさんにとって精神的な支えであると同時に、現実的な指針でもあったと考えられます。


親子の関係性が育んだ藤原さくらの音楽性

藤原さくらさんは、インタビューなどで父親について「友達のような存在」「音楽や映画の知識をたくさん教えてくれた」と語っています。上下関係というよりも、対等な目線で音楽を語り合える関係性が、彼女の自由でジャンルに縛られない音楽性を育てた要因のひとつでしょう。

父親が表舞台に出ることを控えているからこそ、「二世アーティスト」というイメージが前面に出ることはありません。しかし、10歳でギターを手にした日から現在に至るまで、その歩みの随所に父の存在が感じられます。


まとめ

藤原さくらさんの経歴は、偶然や一時的なブームによって築かれたものではありません。音楽を愛する父・藤原宏二さんの背中を見て育ち、自らの意思で音楽の道を選び、地道なライブ活動と経験を積み重ねてきた結果です。

親子でありながら、師弟であり、時には仲間のような関係でもある二人。その絶妙な距離感こそが、藤原さくらさんという唯一無二のアーティストを形づくってきた要因だと言えるでしょう。

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